演題名 当クリニックにおける報告書 (インシデントレポート)の分析と予防対策について
演者名 友愛クリニック
 和田めぐみ
学会名 第36回大宮地区透析療法勉強会
開催日 2003年12月11日
開催地 大宮ソニックシティ
 医療法人博友会は現在500数名の患者を有し、友愛クリニックでは255名の患者を同時透析数72床、昼夜2クールで透析しています。当クリニックでの年間総透析回数は4万件にせまり、常日頃、透析室の安全管理に努めていますが、ヒヤリとさせられることや、ついうっかりということが多々あります。
 当クリニックでは、1999年1月からどんな小さなミスもすべて報告書(インシデントレポート)を書くように決めました。
 今回、2001年1月から2003年11月までの約3年間のインシデントレポート、一部は1999年からの内容を分析し、ミスを少なくするにはどうしたらよいのか検討したので報告します。
 2001年から2003年11月までの総透析数は約11万回で、報告書の総数は863件でした。ミスの発生頻度は透析127回に1回の割合で、月平均24.7件となっています。
 透析患者数は2001年末が256名、2002年末が249名、2003年11月末が255名ですので、報告数は絶対値で比較可能です。
 
 スライドに示すように報告の内容は、準備、空気誤入、失血、操作ミス、指示遂行ミス、感染症に関すること、器械トラブル、転倒・転落、その他に分類しています。内容では操作ミスが510件と最も多く、約半数を占めています。
 主な操作ミスを示します。HD運転モード切換えミスが最も多く、これは主にジョイント時の透析スイッチ入れ忘れです。
 2001年には、午前中の患者がECUMで終了し、午後の患者がECUMのままスタートしてしまうミスが2件ありました。そこで、ECUM切り替え時にマグネットテープをコンソールに貼り付けて明示することにしました。これによりECUMのままスタートするミスはなくなりました。また、ヘパリン注入量の変更も、同様の方法で対応しています。
 指示遂行ミスでは注射忘れが最も多く、2001年の時点では過半数を占めていました。注射忘れや注射誤薬は必要な医療を提供できないという重大なミスであることから、2002年より注射指示をデータベース化し、透析記録に印刷されるようにしました。この結果、注射忘れと注射誤薬は著しく減少しました。
 透析記録の注射指示出力部分です。各注射薬の左にチェックボックスを配し、注射をした時点で担当者がチェックするようにしています。しかし、透析記録への出力は視認性に弱点があります。
 担当者が記録用紙に出力されている注射薬を確認して、注射薬を回収セットの上に置きます。このようにすれば、回収時に必ず注射薬が目に入ります。このような複数の改善により注射忘れと注射誤薬を半減させることができました。
 採血忘れは、血糖測定忘れがほとんどです。そこで、各患者に合わせた連絡カードを作成し、テーブルに置くことにしました。これにより採血忘れを減らすことができました。
 準備に関するミスですが、2001年から2002年ではヘパリンセッティング不良が多くを占めていました。2003年ではヘパリンセッティング不良が激減し、結果として準備ミス総数が減少しています。
 2001年の埼玉透析医学会で、私たちはダブルチェック導入の必要性を訴えました。ヘパリンセッティングに関しては臨床工学技士と連携して、担当看護師以外のスタッフがセッティングをチェックすることにしました。導入当初は思うように効果が上がりませんでしたが、2003年ではセッティング不良をほぼなくすことができました。
 患者の生命に直結する重大事故には失血と空気誤入があります。返血時の空気誤入は99年と2000年に1件づつ発生していましたが、2000年10月より生食置換による返血にしてから、返血時の空気誤入はなくなりました。しかし、ジョイント部のゆるみや穿刺針の亀裂によるA側ラインからのエアー誤入が、2件発生しています。ジョイント部のゆるみは出血にもつながる問題ですが、ロック式に変更してから半減しています。
  抜針による失血事故を分析したものです。1999年には完全抜針が14件発生していました。過半数の8件が自己抜針ですが、いずれも高齢の痴呆患者でした。そこで、このような患者に対して2000年よりペットボトルを利用した穿刺部保護パックを導入しました。この結果、自己抜針を相当数減らすことに成功しました。
 実際にペットボトルを使用しているところです。ずれを防ぐためクリップで袖に留めるように改良しています。
 ジョイント部のはずれ予防としてロック式への変更は一定の効果をあげていますが、穿刺針と回路の相性など対応しきれない要因もあります。そこで、針と回路の固定方法にも着目しました。これまでAV各3枚で固定していた回路固定を2001年より各4枚に増やしました。ジョイント部に必ずテープを貼ります。これによりジョイント部のゆるみは減少しました。
  また、私たちは30分毎に回路チェックの回診をしています。チェック項目はテープの固定具合や針先の出血有無、空気誤入の有無などで、回診者が透析記録にサインします。

 以上のようにインシデントレポートを分析し、重大なミスからを改善点を検討し、対応策を実践してきました。それぞれのミスに対しては一定の効果があり、ほぼ撲滅できたミスもあります。しかし、全体としてのミスは減少しているようには思えません。そこで、労働環境とミスの関連を明らかにするため、手術件数と看護師一人当たり患者数と報告書数を検討しました。
 月毎の手術件数と報告書数をプロットしたものです。手術には内部の患者だけでなく他施設からの依頼による緊急手術も数多く含まれています。緊急手術の場合はスタッフが減り、多少なりとも現場が混乱します。
 しかし、手術件数と報告書数には関連がなく、むしろ手術件数が多い月は報告書数が少ない傾向が得られました。報告書が書けないほど忙しいのか、適度な緊張感がミスを少なくしているのか分かりませんが、突発的なスタッフ数の減少が、ミスを誘発しているとは思えない分析結果となりました。
 月毎の看護師一人当たりの患者数と報告書数をプロットしたものです。夜間透析の患者は状態が安定していることから、一人当たりの患者数は午前の4.3〜4.4人に対して、夜間透析は6.7〜7.3人となっています。ここでも、一人当たりの患者数と報告書数には関連が認められませんでした。
 このように、突発的な人員の減少や物理的な配置人員数は、ミスを誘発する環境因子には、なり得ないと推察されます。では、どのようにして、ミスが生じているのでしょうか。
 スライドでは分かりずらいのですが、報告書を2001年2月から改良し、事故の要因をある程度特定することができるようにしました。
  本人が申告した事故要因の項目です。ほとんどが確認ミスで47%、次いで不注意14%、思い込み12%でした。このことから確認を強化すれば、ミスを減らせると考えられます。その一つにダブルチェックがあります。ヘパリンセッティングで示したように、ダブルチェックはうまく機能すれば、大きな効果をあげることができます。
 しかし、ダブルチェックには、責任所在が複数になり不透明になること、最初の確認者の緊張感がなくなること、再確認者の増員が必要なことなど問題点もあります。確認を強化するもう一つの方法に、コンピューターの導入があります。
  当クリニックの透析記録です。注射薬を始め、様々な患者情報が出力されます。このようなコンピューター化は注射ミスを4万回の透析あたり15件にまで減らすことができました。コンピューターは正しく入力すれば、必ず正しい情報を出力します。反面、間違った入力をすれば、永久に間違った情報を出し続けます。したがって、最終的には人間による確認が必要となります。このようにコンピューターの特性を理解した上で応用すれば、すばらしい効果をあげることができます。
  個人の活動範囲内の確認は各個人が自己責任で行うとしても、情報の伝達ミスまではカバーできません。そこで、当クリニックでは様々な連絡カードを作製し、情報伝達ミスを極力少なくするよう心がけています。
  最初に示したスライドです。これまで話したように様々な対策を施してきましたが、全体としてのミスは減っているようには思えません。楽観的にみれば、日頃の報告書提出への啓蒙(けいもう)活動が効果をあげ、把握できるミスが多くなった結果で、ミス自体は減少しているとも考えられます。
 しかし、本当にそうでしょうか。事故要因で示したように、事故やミスの要因は最終的には個人の資質や意識に帰(き)することになります。
 システムの改善、防止装置の開発、コンピューター化をもってしてもミスが減らないとしたら、どのように対応したらよいのでしょうか。
  医療事故が大きな社会問題として取り上げられています。医療事故は小さなミスが連鎖し、突発的な環境因子や偶発的な要因が組み合わさって発生すると考えられます。博友会で経験した失血事故ですが、失血している血液がたまたま真下にあったポリバケツに貯まり、血液が全く見えずに発見が遅れたことがあります。また、真下に患者の黒いバッグが置いてあり、血液が見にくくて発見が遅れたこともあります。
  これらの経験をふまえ、博友会では透明なポリバケツを使用する、スライドに示すようにバッグ類は必ずベッドや椅子の下に置くなどの対策をたてました。失血というミスをゼロにすることはできないかもしれませんが、重大事故への進展を極力回避することは可能と思われます。
 このような対策の効果は、具体的な数値として現れてこないので、見かけ上、ミスの減少になりません。ミスの絶対数を少なくすることだけを重視せず、ミスの質やミスの連鎖を断つことも考えなくてはならないと思います。
  まとめです。
 インシデントレポートを分析し、適切な対応を施(ほどこ)せば、限定的にミスを減らすことができます。
 特にダブルチェック体制の導入、防止装置の自己開発、コンピューター化などは、効果的でした。
 対策を講じるごとにミスの内容は変化し、報告書は定期的に分析しなければなりません。
 今回の分析をとおして、人間が提供する医療のミスをなくすことが、いかに難しいか痛感しました。また、インシデントレポート提出の意義をスタッフに啓蒙(けいもう)し続けること、ミス発生時の「行動の振り返り」を正確に記入するため、レポートは迅速に提出することなどが必要と思われました。
 さらに、ミス内容は日々変化しており、ミスとの戦いは決して終わりのない戦いであることが再認識されました。
文責 廣瀬 悟
   
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